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SITKOVETSKY, Julian[ ユリアン・シトコヴェツキー ]

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プロフィール

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[06/08/08]
SITKOVETSKY, Julian [ ユリアン・シトコヴェツキー ]
Russia    B: I925/II/07  D: 58/02/23

出身校: モスクワ音楽院
門下名: YAMPOLSKY, Abram
入賞歴: 全ソ連青少年コンクール優勝(1945)
第2回ヴィエニャフスキー国際コンクール第2位(1952)
エリザベート王妃国際コンクール第2位(1955)

読者人気度:
総合得点:
45.9
1003pts
得点内訳:
334 334 335
音色 技術 解釈

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1925年11月7日にキエフの音楽一家に生まれる。

4歳の頃に、父グリゴリーに最初の手ほどきを受けた後、キエフ中央音楽学校のダヴィット・ベルティエ教授の教えを受けた。8歳の時、選ばれてソ連に来ていたジャック・ティボーの前で演奏し、その翌年にはキエフ交響楽団とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調を演奏している。1938年4月のキエフ中央音楽学校創立25周年に際しては、モスクワでチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏した。

その後モスクワ音楽院に入り、名教師アブラム・ヤンポリスキー教授のクラスで研鑚を積んだ。

1945年モスクワで開かれた全ソ連青少年コンクールのヴァイオリン部門で優勝し、その2年後のプラハの青少年音楽祭で、レオニード・コーガン,イゴール・ベスロドニーと第一位を分け合った。

1950年ピアニストのベラ・ダヴィドヴィチと結婚し、翌年から1955年にかけて、ベルリン,ワルシャワ,ブダペスト,ブカレストなど、ソ連の外側で盛んに演奏活動を行い、さらにヴィオリストのルドルフ・バルシャイらとチャイコフスキー弦楽四重奏団を結成するなど、室内楽にも興味を示した。

1952年ポーランドのポズナニで開催された第二回ヴィエニャフスキ国際コンクールに出場し、第二位になる。(第一位はイーゴリ・オイストラフ)

1955年のエリザベート王妃国際コンクールに出場し、第二位になった。

1956年肺ガンを患い、闘病生活に入る。メニューイン,スターン,オイストラフ,ロストロポヴィチ,ロジェストヴィンスキーからベルギーのエリザベート王妃まで多くの人々が彼の病気を治そうと援助したが、甲斐なく、2歳になる息子ドミトリーを残して1958年2月23日モスクワで32歳の若さで世を去った。

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