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HUBERMAN, Bronislaw[ ブロニスラフ・フーベルマン ]

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プロフィール

Last Update
[03/03/18]
HUBERMAN, Bronislaw [ ブロニスラフ・フーベルマン ]
Poland    B: I882/I2/I9  D: 47/06/I5

出身校: ワルシャワ音楽院
門下名: LOTTO, Isidore ; GREGOROWITZ, Karol ; MARSICK, Martin-
使用楽器: STRADIVARI, Antonio

読者人気度:
総合得点:
47
3629pts
得点内訳:
1209 1210 1210
音色 技術 解釈

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ブロニスラフ・フーベルマンは、1882年の12月19日カトヴィツェ近郊チェストホワに生まれた。父親は、弁護士事務所の事務員だったが、アマチュアの音楽家でもあり、息子の才能を見抜き、息子の才能のためなら、いかなる援助も惜しまなかったという。

ブロニスラフは、6歳の時にワルシャワ音楽院でミハロヴィチ教授に師事し、7歳でシュポアのヴァイオリン協奏曲を人前で弾くことができるほどの目覚しい上達振りを見せ、マサールの弟子のイシドール・ロットのクラスにも入り、腕前をメキメキ上げていった。

1892年にヨーゼフ・ヨアヒムに師事しようとベルリンに8ヶ月間滞在したが、実際に彼を教えたのはヨアヒムの助手のMarkeesだったらしく、彼は密かにグレゴロヴィッチにも教えを受けている。ベルリンを後にした彼は、フーゴー・ヘルマンの門を叩き、短期間ながら教えを受け、パリに行ってマルシックの指導も受けている。

1893年にはオランダを旅行し、1894年にはロンドンでデビューし、このロンドン・デビューの時に居合わせた名歌手アデリーナ・パッティ(1843-1919)に、その翌年の彼女がウィーンで催す演奏会に出演を要請され、この演奏会でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏して、センセーションを巻き起こした。また、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を作曲者の前で演奏し、作曲者を感動させた。(ブラームスは、彼のために曲を作る約束をしたが、ブラームスは翌年世を去る。)

1896年から翌年にかけて、彼はアメリカに演奏旅行に出かけたが、聴衆の反応は思わしくなかったため4年間鍛錬のためにステージから引退。1902年から演奏を再開し、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の自分の解釈をロシアの批評家達に試して、彼自身の名声をさらに強固なものにした。第1次世界大戦後、彼はウィーンに招待され、そこの音楽院で教鞭をとり始めた。

1933年にドイツはナチスが政権を掌握すると、彼はドイツでの演奏活動を拒否し、1936年に指揮者ウィリアム・スタインバーグらの協力を得て、迫害されたユダヤ人音楽家のために、パレスチナ交響楽団を創立した。(彼自身は、自分の売名行為ではないことを示すために、最初の演奏会には出演しようとしなかった。)

1937年スマトラにて、飛行機事故にあい、両腕を損傷したため、音楽界から引退がささやかれたが、翌年パレスチナ交響楽団の演奏会に出演し、奇跡的に復活した。その後は、アメリカに渡って活躍した。

第二次世界大戦が終わった後、ヨーロッパに戻り、1948年6月15日にスイスのコルジェ=シュール=ヴヴェにて死去。

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フーベルマン中毒
ぽぴぃ
03/03/18 10:30:44

フーベルマンの魅力に取りつかれると他のヴァイオリニストが全て物足りなく感じてしまう。いわゆる聴き手を中毒にさせる音楽家だ。

その線の細い香りのある音色、かなり大きく幅広いヴィブラート、これでもかと濃厚にかけられるポルタメント、荒々しく激しいスピッカート、時には品格など超えてしまうほど千変万化する表情・・・他の誰にもフーベルマンのように弾くことはできない。

私は最近フーベルマンの以下の録音をMD1枚に収めてよく聴いている。
ラロ/スペイン交響曲(セル/ウィーン・フィル)
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(オーマンディ/フィラデルフィア)
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲から2・3楽章(旧吹込)
サラサーテ/カルメン幻想曲(旧吹込)
ショパン/ワルツ 嬰ハ短調
チャイコフスキー/メロディ
エルガー/気まぐれ女
「気まぐれ女」などフーベルマンの芸術のエッセンスが高度に洗練された形で表れている。これらを聴くことでフーベルマン中毒になること請け合いである。


フーベルマン
アンリ・ド・モンテスト子爵
02/12/08 13:43:51

昔のヴァイオリニストは、大体強い個性があったが、フーベルマンほど濃密な個性を持った人はいなかったろう。
「妖刀」とも例えられる彼のヴァイオリンの音色は、非常に硬質なのにも関わらず、異様な妖しさがプンプン匂ってくる。
技術的にも、非常に正確で曖昧さがない。
どんな早いパッセージでも、ヴァイオリンを鳴り切らせてしまう。
ひょっとすると、ハイフェッツ以上のテクニシャンだったのではないだろうか?


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