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RABIN, Michael[ マイケル・レビン ]

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プロフィール

Last Update
[02/10/08]
RABIN, Michael [ マイケル・レビン ]
America    B: 36/05/02  D: 72/0I/I9

出身校: ジュリアード音楽院
門下名: GALAMIAN, Ivan
使用楽器: GUARNERI, Giuseppe ( del Gesu )

読者人気度:
総合得点:
47
3753pts
得点内訳:
1245 1258 1250
音色 技術 解釈

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「彼には飛び抜けた才能があった。欠点がなかった…、全くなかった!!」

Michael Rabin の死後、彼の教師であった Ivan Galamian は語った。Itzhak Perlman、Chung Kyung-Wha、Pinchas Zukerman など、今日も世界の一線で活躍する演奏家を育てた ジュリアード音楽院の名教師は、記者の「今まで教えた生徒の中で最も才能があったのは誰ですか」との問いに、迷うことなく Michael Rabin の名を挙げ、そう続けたのだった。

Michael Rabin は1936年5月2日、New York Philharmonic のヴァイオリン奏者であった父と、ジュリアード出身のピアニストであった母との間にニューヨークで生まれた。彼は1才のときから完璧なリズムを叩き、3才のときからは、ピアノの音程を聴き分けることができたという。5才のときに母からピアノの手ほどきを受けたが、本当に彼の心をとらえる楽器は他にあった。彼の近所にはヴァイオリン好きな医者が住んでいたが、幼い Michael はそこにあった分数ヴァイオリンに夢中になり、家に帰るよう促されても、ヴァイオリンと離れようとしなかった。見かねた医師は、彼にそのヴァイオリンを譲った。この一件があり、父は息子にヴァイオリンを教えることを決意した。

4回目のレッスンのとき、父は息子Michaelのとてつもない才能に気づいた。自分が教え続けるとMichaelの才能を潰しかねないと思った父は、優秀な教師に息子を託すことを決めた。父は息子を当時Parisから移住してきたばかりだったGalamianのもとへ連れていき、Vivaldiの協奏曲を弾かせた。Galamianは感銘を受けたが、すぐに弟子にはとらず、レイク・プラシッドで彼の弟子に週3 回師事するようにといった。しかし夏以降はGalamianから直接指導を受けるようになった。

Michael Rabin は1947年、キューバ で Artur Rodzinski 指揮、Havana Philharmonic Orchestra と Wieniawski の協奏曲第1番を競演し、演奏活動を開始した。1950年には、Vieuxtemps の協奏曲第5番を National Orchestra Association と競演し、カーネギーホールデビューを果たす。ニューヨークタイムスは「完成された芸術家である。彼ほど荘厳で美しい音色を持った若いヴァイオリニストはいない」と評価。彼の出現は楽壇にセンセーションを巻き起こした。Dimitri Mitropoulos は彼を「未来の偉大な芸術家になる要素を全て備えているヴァイオリニスト」と評価、George Szellは「最高のヴァイオリンの才能のあるものが現れた」と言い、巨匠 Mischa Elman さえもが天才である、と脱帽した。この頃 Michael は将来の希望について質問され、「大人になったら Heifetz のように完璧に弾けるヴァイオリニストになりたい」と言った。

しかし、 Heifetz の芸術は精神的にも完全にコントロールされたものである。 Rabin はある意味彼の能力以上に甘美な音色を持ってしまったのかもしれない。彼は輝かしい名声を維持するだけの精神力に欠けていた。彼は自分自身の問題と名声との狭間で苦しみ、次第に麻薬に手を染めていく。1972年1月19日、彼は頭をテーブルにぶつけ、この世を去った。死因については諸説囁やかれたが、Galamian は後に「彼は麻薬中毒で死んだのではない。彼は当時、もう麻薬を止めていた」と語った。医者の報告によると単なる事故であるとのことだ。

彼は通常のヴァイオリン奏者の2倍のキャリアを短い演奏活動期間でやってのけた。最も人気のある協奏曲群 ( Mendelssohn、Tchaikovsky など ) はもちろんのこと、Ysaye の無伴奏ソナタ、Engel など、難解な曲目までレパートリーに持っていた。他の誰が、たった5年の間にPaganini の協奏曲を2度も録音するだろうか? 彼のレコーディングキャリアは1950年代に American Columbia から始まり、後に6年間(1955〜1960)、 EMIグループと契約している。

[01/03/12] FSTRINGS

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レビン随一の名演
ハイフェッツ殿
02/10/08 21:26:50

レビン随一の名演は、有名なパガニーニやヴィエニャフスキのコンチェルトではなく、ショパンのノクターン第八番だと思います。EMI録音の小品は、どれも素晴らしいですが、中でもショパンは最高です。センスのよいポルタメントや、甘美な音色が技術の鮮やかさとも相俟って、息もつかせぬ世界を作り出しています。レビンのファンの人はもちろん、レビンを嫌いな人でも満足できるはずです。EMIからでている小品集に収録されています。


CD情報

サイト上に皆様から寄せられたレビュー情報です。

▼ [EMI] CMS 7 64123 2 RABIN, Michael
<Michael Rabin 1936-1972>
読者推薦数[7] 読者非推薦数[1]
▼ [EMI] 67462 RABIN, Michael
<Paganini Caprices Op.1>
読者推薦数[10] 読者非推薦数[2]
▼ [DOREMI] DHR-7715 RABIN, Michael
<MICHAEL RABIN Collection Volume 1>
読者推薦数[0] 読者非推薦数[0]
▼ [EMI] TOCE-3461 RABIN, Michael
<レビン/パガニーニ&ヴィエニアフスキヴァイオリン協奏曲>
読者推薦数[18] 読者非推薦数[3]
▼ [EMI] CDM 7243 5 67020 2 8 RABIN, Michael
<FULL DIMENSIONAL SOUND/MICHAEL RABIN MOSAICS>
読者推薦数[0] 読者非推薦数[0]


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