ヨーゼフ・ヨアヒム / Joseph Joachim
1831年06月28日~1907年08月15日Hungary
所属音楽学校:
- ウィーン国立音楽大学(学生)期間:1839年~不明
- ライプツィヒ音楽大学(学生)期間:1843年~不明
- ベルリン芸術大学(教職)期間:1869年~不明
師匠:弟子:
- レオポルト・アウアー / Leopold Auer
- フィリップ・ヘルフォート / Philip A. Herfort
- ヨシフ・コテック / Iosif Kotek
- サム・フランコ / Sam Franko
- イェネー・フバイ / Jenő Hubay
- カレル・ハリーシュ / Karel Halíř
- ティヴァダル・ナケス / Tivadar Nachéz
- ヴィリー・ヘス / Willy Hess
- チャールズ・マーティン・レフラー / Charles Martin Loeffler
- ナーハン・フランコ / Nahan Franko
- マリー・ソルダット=レーガー / Marie Soldat-Roeger
- エンリケ・フェルナンデス・アルボス / Enrique Fernández Arbós
- モード・パウエル / Maud Powell
- エンリコ・ポロ / Enrico Polo
- ウィリー・ブルメスター / Willy Burmester
- セオドア・スピアリング / Theodore Spiering
- リリ・ペチュニコフ / Lili Petschnikoff
- アクセル・スコフガード / Axel Skovgaard
- オティー・チュー・ベッカー / Otie Chew Becker
- ブロニスラフ・フーベルマン / Bronisław Huberman
- アディラ・ファキーリ / Adila Fachiri
- 1839年よりウィーン音楽院(現・ウィーン国立音楽大学)でヨーゼフ・ベーム、ゲオルク・ヘルメスベルガー1世に学んだ。
- 1843年よりライプツィヒ音楽院でフェルディナンド・ダヴィッドに学び、演奏活動も開始した。
- 1869年、ベルリン王立音楽院(現・ベルリン芸術大学)を創立。
- バロック~古典派への敬愛が強く、バッハを積極的に取り上げ、またベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を広く世界に紹介した。
- ブラームスとの親交が深く、ヴァイオリン協奏曲はヨアヒムの助言を受けながら作曲された。この協奏曲はヨアヒムに献呈され、初演もヨアヒムが行った(しかし6回しか演奏しなかった)。第2楽章冒頭の長いオーボエ独奏についてボヤきとも取れる評論をした。
- ヨアヒムが妻と離婚した際、ブラームスがヨアヒム夫人の肩を持ったことから仲違いし、後にブラームスは仲直りのためにヴァイオリンとチェロの二重協奏曲を作曲、献呈した。なおヨアヒムは第3楽章のボウイングに異論を唱えたが、ブラームスは聞き入れなかった。
- ドヴォルザーク、シューマン、ブルッフからヴァイオリン協奏曲の献呈を受けた。しかしドヴォルザークとシューマンは演奏せず、ブルッフ(第1番)は初演を行わなかった。
- ヨアヒムが作曲したモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス等の協奏曲のカデンツァは有名で、現代でも広く用いられている。