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子どもの才能!?って如何したら分かるの? | ヴァイオリン掲示板

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雑談・その他 43 Comments
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子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年09月10日 17:30
投稿者:mommy(ID:UnFDMHA)
以前のコメントで「10歳でメンデルスゾーンのコンチェルトが弾けなければ
日本ではものにならない」というようなことを読んだのですが、どのような練習を積んだら10歳でメンコンが弾けるようになるのでしょうか?それは、もう神童の域?練習したからといって半分近い子どもが弾けることはない?
しっかり練習したら弾けるようになる?いったい幼児、児童の頃の練習てどのようなものなのでしょうか?どう導いたらいいのでしょうか?
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Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年09月17日 17:36
投稿者:あちゃ(ID:OEOEeTg)
楽譜に書いてある音符を弾くことと、音楽を奏でることとはぜんぜん違うと思います。

子供にやる気があって、且つ教師と親が必死でやらせれば、メンコン程度なら音符を弾けるようにはなるでしょう。(ヴィエニアフスキーは無理かも)
ですが、それが音楽でしょうか?

コンクール等で、難曲の音符をひたすら弾きまくるお子さんを見ると、「それであなたは何を表現したかったの?」 と思うと同時に、「でも、これをやらなければ日本ではだめなのね」 と悲しくなります。

日本ももっと音楽を楽しめる国になればいいのになぁ・・・と、(超)個人的には思っています。
[1837]

心と音楽とヴァイオリン

投稿日時:2002年09月19日 10:04
投稿者:mommy(ID:VhcDdwA)
クラッシック音楽が歴史の中で日が浅い日本人にとって、やはり骨の髄までクラッシックが染み付いている西洋人とのクラッシック音楽のとらえ方、接し方、楽しみ方に違いがあることは否めない。でも日本人は持ち前の勤勉さと忍耐と努力でそのギャップを乗り越えてきたと思う。テクニックの習得に膨大な時間を費やしたことでしょう。

そして、歴史の流れ、日本人の能力の進化にともない世界に近づいてきたのでしょう。しかし、「心」はどうでしょう。
中には素晴らしい感覚をもって、素晴らしいテクニックをも身に付けている方はいらっしゃると思います。
でも、多くはやはり難しいことができる。に走っていませんか?
小さい子どもが、ヴァイオリン演奏で、ウォ==。って驚く事をやってのけますが、よくテレビの〇○の天才。などでものすごい漢字を知っていたり、全国の駅名を言ってのけたりの「良くやるな~。」という世界と同じものを感じてしまいます。確かに2.3歳の子がこんな事を覚えることじたいがやはり天才。なのかも知れませんが、その先、そのお子さんたちはどのように成長されているのでしょうか?色々なことを学び心豊かに、人生を潤していくことができているのでしょうか?

ましてやそれが音楽だったら。
芸術はそんなことで作り上げるものではないと思っています。
そこがまだ西洋との大きなギャップではないでしょうか?

日本での音楽を志している方の現状の厳しさ、報われなさ...
日本での音楽のとらえ方のフジュンな部分....
を思うと、そんな奇麗事言って~。と言われてしまいそうですが...

やはり、「心」 気品ある純粋な心。憧れるな~。そんな世界。
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Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年09月21日 17:38
投稿者:あい(ID:QYUXOFA)
私は小学校の5年生のとき(10~11さい?)にメンコンをやりました。同じ門下の1コ上のひとはパガニーニのカプリス24番とかをやってました。しかし中学校で先生を変わると、エチュードはローデを終わっていたのですがドントのエチュードもう一度全部をやり曲はモーツァルトのアダージォをやりました。そしてパガニーニのカプリスは、高校のときにコンクールの予選の課題曲だったので始めてやったのですが、その予選は突破しました。そのとき昔同じ門下だった1コ上の人は落ちてしまいました。また3曲目にやったパガニーニのカプリスで国際コンクールの予選に受かりました。某新日フィルのコンマスも高校の途中までパガニーニを弾かなかったそうです
これらのことを考えるとあまり早く難しい曲をやるよりもしっかりと簡単な曲をやらしておけば、いくつで何を引いたというのをあまり気にする必要ないのではないのでしょうか。ただあまり小さいときに簡単な曲をやるよりむずかしめなものを弾いたほうが面白いのでやる気にはなるかもしれません。
[1855]

Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年09月21日 21:18
投稿者:pochi(ID:OTAhZ3g)
あいちゃん!がんばってね。練習の時は自分に対して謙虚に厳しく、でも演奏の時には自分が世界一だと思えるようにしようね。僕は、16位の時に思えなくなった。でも普通の大学に行きながらヴァイオリニストになる夢をみて練習していた。大学を卒業してから、武者修行に出たけど、やっぱり才能はなかったよ。きみなら出来るかも知れない。出来なくてもあたりまえだと思って人生の一発勝負をしてね。僕は、ヴァイオリン弾きになれなかったことに備えて保険を掛ける必要と余裕があったけど、そんなこと考えずに突き詰めようね。女の子の特権!
[1989]

Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年10月08日 11:02
投稿者:さとる(ID:JFhUKTA)
10歳のメンコン。
弾けている内容、にもよると思うのですが
スズキメソードのグランドコンサートでは毎年
メンコンとかチャイコンのソロの部分を子供たちが
10数人(もっと?)で斉奏するというパフォーマンスが
あるようです。
[1996]

Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年10月09日 10:22
投稿者:すぅ(ID:JDZxk2Y)
メンコンなんて一生かかっても弾けるようになったなんていえない・・・。
私が始めてメンコンを弾いたのは高校1年の時。先生に「あら、あなたまだメンコンやってなかったっけ?あれは受験で課題になったことあるわよ」といわれて慌ててやりました。発表会で弾いたら、「やっぱメンコンは大人の音楽ね。中学生の演奏とはやはり違うわ。よかったわよ」という感想を頂戴しました。
10歳ってことは小学4年ですよね。わたしはヴィ二アフスキーの2番のコンチェルトをやってた。遅いのか早いのかは知らないけど。
ヴィ二アフスキーが弾ければメンコンもテンポどおり位には弾けたかもしれないね。でもテンポどおりに音が鳴ってるだけのメンコンなんて誰がききたい?
アイザック・スターンが宮崎の講習会である天才少女に言った一言。
「いまはヘンデルのソナタのような、年齢に合った曲をやるべきだ。」
難しい曲を弾いたって意味ないのよ。曲を本気で好きになって自分で好きなように表現できて初めて「弾けた」って言える。そうゆう演奏を聴いて、まわりの人々は「あぁ、あの子才能あるな」とおもうんじゃない?
親にしてみたらそんなのんきなこと言ってられるか!って感じなのかしら。
[2042]

Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年10月16日 10:06
投稿者:yoshie(ID:cgiHmZA)
すぅさんは、10才でヴェニアスキですか。
ご本人はよく分からないと謙遜されていますが、きちんと弾けていれば天才の一人に入ると思います。その後で今はどういう事になられているのか知りたいです。

いつも書き込みで子供が難曲を弾くことにただ音符を弾いているだけと書かれる方がいますが、私はヴァイオリンで音符をきちんと弾けると言うことは大したものだと思います。子供が天才だとしてもいきなり諏訪内さんクラスの音楽性をもって弾けると思いますか?
みんな大変な努力を払いながらテクニックをマスターしていくのだと思います。テクニックがなくて音楽性がある弾き方というのがあるのでしょうか。批判的な人に限ってヴァイオリンをまともに弾けないのではないでしょうか。
子供達の演奏を受け入れる寛容な心の広さを持つ人の少ない日本には、だから神童が生まれてこないのだと思います。生まれてきたとしても、ぼちぼち型にはまった教育でつぶされてしまうのではないかと思います。
[2043]

Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年10月16日 18:03
投稿者:あちゃ(ID:MQU0VmA)
yoshieさま、こんにちは。

>子供が難曲を弾くことにただ音符を弾いているだけ・・・

もしや私の書き込みのことかと思い、再び出てきてしまいました。
yoshieさんのおっしゃるとおり、ヴァイオリンで 『音符をきちんと弾ける』 という事は、大したことです。うちの子供もヴァイオリンを習っていますから、それは私にもよく解ります。
ただ、テクニックというものは、音楽を表現するための手段であると私は思うのです。自分が 『こう弾きたい、こう表現したい』 という気持ちがあって、初めて、テクニックが必要になるのではないでしょうか。

以前、ある(ハイレベルの)コンクールを見学に行ったことがあります。
予選の課題曲がヘンデルのソナタで、本選がヴィェニアフスキーでした。
予選の時、『 あれ? みんなへただなぁ。今回はたまたまレベルが低いのかしら?』 と、正直思いました。親バカを承知で言わせていただくと、うちの子でもこの程度のヘンデルなら弾けると思いました。
そして、その中から選ばれた何人かが本選でヴィェニアフスキーを弾きました。皆さん、すばらしく指が回り、速いパッセージでも音程をそこそことり、本当にしっかり弾いていました。立派でした。うちの子には絶対にできません。

ですが、ヴィエニアフスキーを弾けても、ヘンデルを音楽として人に聴かせられるように弾ける子が一人もいなかったという事は、何かおかしくありませんか。
結局その子供たちには、自分の持っているテクニックを使って 『自分が表現したいこと』 なんて全然なかったのでは?

その逆で、テクニックはいま一つでも、一生懸命聴衆に何かを伝えようと弾くお子さんもたまにいます。きっとその子供は、自分を表現するためにこれからどんどんテクニックを身に付けていけると思います。何故なら、その子自身に自己表現の欲求があるのですから。

うまく言えませんが、小さい子供がテクニックをマスターすることが無意味だとは、私だって決して考えていません。でもそれだけではダメなんだと言いたいのです。

すぅさんの書き込みにあったスターン氏の発言は、私もテレビで見て知っていました。でも心から納得できたのは、そのコンクールを聴いてからです。
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Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年10月17日 09:27
投稿者:ぱんだ(ID:J5B1AIk)
すみません。ぐちらせてください。
「音符を弾く」ことしかできないうちの子どもは今、中学生です。小学生の低学年のうちに始めて、ずっとバイオリンを弾くのが好きですきで、このまま音楽高校に進学するつもりでした。でも、、、つい最近になって、へたの横好きの部類に属する、ということがわかり、がっくりしてしまいました。にっちもさっちもいかない状態です。ここまでやってきたことを諦めるのもつらい。続けていっても、希望はない。と。
ずっと応援してきた親としては、大丈夫、続けてごらん、、といってやりたい気も山々なのですが、現実問題として、ついている先生から、練習もちゃんとするし、テクニックがそこそこついてきているのはよいけれど、根本的に音楽性がないから、このままではだめ、と厳しい言葉をいわれていまうと、(励まし、と受け止めればよいものを)、これから先を進ませる気が失せます。好きでも、才能がなければ、生きていけない、あるいは立つ瀬のない世界のようで。ああ、もっと早く、無理やりにも専門的なおけいこはやめさせておけば、こんなにつらい思いをしなくてよかったものを、、、と後悔しています。趣味でたしなむ程度にとどめておけばよかった、、、と。
ある程度の能力のある子(練習に耐える能力、かもしれません)を青田刈りし、早くから囲い込んで、英才教育で育て上げても、本物に育つのはごく一部。間引きされる側の生き残る道は厳しいです。それに比べると、欧米系の音楽教育は、ふところが深いな~~という印象です。
まとまりつかなくてすみません。
[2046]

Re: 子どもの才能!?って如何したら分かるの?

投稿日時:2002年10月17日 10:49
投稿者:カプーすっちん(ID:GEFoKAg)
あちゃさんに少し反論です。
どちらのハイレベルのコンクールを聴きに行かれたのか分かりませんが(予想はつきますけど)
自分を含めての感想なのですが聴く側に音楽的素養がかなり有ってもコンクールの結果という
のは全てが納得出来るものでは無いと思います。ですからヘンデルを音楽的に弾いていなかったとかご自分のお子様でも弾けたと思うというのはコンクールに参加されなかった人なら言えて
しまう事じゃないかと思います。実際、その場に出場なさったらどうだったでしょうか。
私もあちゃさんと同じように考えていた時期があったのです。でも自分の子供がコンクールの
対象年齢となり実際に課題曲に取り組んだ経験からの意見です。
コンクールの場で弾く立場になったときとそれを客観的に聴いている立場では雲泥の差が有る
という事です。
テクニックが今いちでも音楽的な物が有った方が良いとお考えですか。
もしそうなら私もそう思っていました。
でも現実は違います。完璧なるテクニックがあっての音楽性でないとどこにも通用しません。
素人受けはするけれどプロという目から見たらお話にならないのが現実です。
基準をどこに置くかで何が1番大切かという事が違って来ると思いますがお金を頂いてお客さん
に来ていただけるような演奏家を目指すなら安定した正しい高いテクニックは必要不可欠だと
思います。
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