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大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2005年08月07日 08:50
投稿者:pochi(ID:EHMASYE)
私など幼少の頃からシツコク練習してきた者は、右手を垂らせば、手が弓を持つ形になり、左手を捻れば、指板の上で音程の形に成って仕舞うのです。
大人から始めた人の特徴として、
●音程が取れない。
●音のアタックが甘い
●高域倍音が出せない
●ダイナミクスが小さい
勿論例外は有るでしょうが、上記の様な印象を受けます。特徴を自覚した上で解決策を模索すれば良いと思います。
大人から始めた人の多くは聾唖者の発音の様に子音の違いが明確では無い様に思います。指周りが悪いのは、有る程度訓練によって解決される様にも思いますし、指周りを然程要求されない曲を弾けば問題有りませんね。
大人から始めた人の演奏の特徴を書き込んで下さい。
大人から始めた人の特徴として、
●音程が取れない。
●音のアタックが甘い
●高域倍音が出せない
●ダイナミクスが小さい
勿論例外は有るでしょうが、上記の様な印象を受けます。特徴を自覚した上で解決策を模索すれば良いと思います。
大人から始めた人の多くは聾唖者の発音の様に子音の違いが明確では無い様に思います。指周りが悪いのは、有る程度訓練によって解決される様にも思いますし、指周りを然程要求されない曲を弾けば問題有りませんね。
大人から始めた人の演奏の特徴を書き込んで下さい。
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Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月23日 14:54
投稿者:ama(ID:OAcER3I)
おもしろいスレなのでまだまだ続いて欲しいと思い、復活させていただきました。
色々な方が色々な基準で比較されていますが、スレ主さんの主旨に戻れば「大人から始めた人」とは決して初心者のことではないと思います。一見上手な人でも大人から始めた人は幼少から始めた人と比べ何かが違う、それを前者はコンプレックスに思う傾向がある、何が違うのかを解明し払拭してあげたい、という主旨ですよね。
アーリーやレイト(元々は初心者という意味だったようですが)という乱暴な分け方も適切ではないと思います。それであれば4歳から始めて20年目の24歳のアーリーと20歳から始めた40歳のレイトの比較(但し練習密度は同じ)とでも設定すればまだ良いのでは。
色々な方が色々な基準で比較されていますが、スレ主さんの主旨に戻れば「大人から始めた人」とは決して初心者のことではないと思います。一見上手な人でも大人から始めた人は幼少から始めた人と比べ何かが違う、それを前者はコンプレックスに思う傾向がある、何が違うのかを解明し払拭してあげたい、という主旨ですよね。
アーリーやレイト(元々は初心者という意味だったようですが)という乱暴な分け方も適切ではないと思います。それであれば4歳から始めて20年目の24歳のアーリーと20歳から始めた40歳のレイトの比較(但し練習密度は同じ)とでも設定すればまだ良いのでは。
[25905]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月23日 15:40
投稿者:ama(ID:OAcER3I)
ついでに。
pochiさんの「大人から始めた人は、既に高域感度が鈍磨した耳で優しい音を無意識に追求するので、甘美な音は出せないのではないかと疑って居ります。」というご発言が気になっています。
ということは大人から始めたバイオリニストに限らず、クラシックを楽しむ大人の一般聴衆が聴き取ることが出来ない甘美な音を、幼少からバイオリンをやっている方は聴く(いや甘美さを感じるといった方が良いかも)ことが出来るということなのでしょうか。
うらやましーです。
pochiさんの「大人から始めた人は、既に高域感度が鈍磨した耳で優しい音を無意識に追求するので、甘美な音は出せないのではないかと疑って居ります。」というご発言が気になっています。
ということは大人から始めたバイオリニストに限らず、クラシックを楽しむ大人の一般聴衆が聴き取ることが出来ない甘美な音を、幼少からバイオリンをやっている方は聴く(いや甘美さを感じるといった方が良いかも)ことが出来るということなのでしょうか。
うらやましーです。
[25906]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月23日 19:46
投稿者:ぽん(ID:MFCABCc)
「大人から始めた人は、既に高域感度が鈍磨した耳で優しい音を無意識に追求するので、甘美な音は出せないのではないかと疑って居ります。」
だとすると、聴衆のほとんどは「既に高域感度が鈍磨した耳」の持ち主ですよね? では聴衆にはその「甘美な音」の真髄を聞くことはできない、ということでしょうか。だとしたら、そんな高域感度を後生大事に持っていて意味はあるのでしょうか。
だとすると、聴衆のほとんどは「既に高域感度が鈍磨した耳」の持ち主ですよね? では聴衆にはその「甘美な音」の真髄を聞くことはできない、ということでしょうか。だとしたら、そんな高域感度を後生大事に持っていて意味はあるのでしょうか。
[25908]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月23日 20:42
投稿者:かな(ID:IhV5lnk)
>では聴衆にはその「甘美な音」の真髄を聞くことはできない、ということでしょうか。だとしたら、そんな高域感度を後生大事に持っていて意味はあるのでしょうか。
傍から聴いているよりも演奏しているほうが自分の音の良し悪しを判断するのが難しいという点が問題です。遅く始めた人のほうがその傾向が顕著のようです。単純に演奏を聴いて「素敵ねぇ~」って思うよりも演奏するほうがもっとシビアな耳で自分の音色や音楽を分析把握しなければいけないのですから、ただの聴衆よりもずっといい耳をしていなければいけないのは当然でしょう。
傍から聴いているよりも演奏しているほうが自分の音の良し悪しを判断するのが難しいという点が問題です。遅く始めた人のほうがその傾向が顕著のようです。単純に演奏を聴いて「素敵ねぇ~」って思うよりも演奏するほうがもっとシビアな耳で自分の音色や音楽を分析把握しなければいけないのですから、ただの聴衆よりもずっといい耳をしていなければいけないのは当然でしょう。
[25913]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月24日 04:24
投稿者:kokukirin(ID:lEYDWRA)
脳の構造は、生まれたときから決まっているという学者もいますが、一般的にはシナプス結合はどんどん増え続けますが、10歳以降はそれとは全く異なり、新しい刺激でシナプス結合ができるということはないと言われています。ですから、10歳以前からの音楽との関わり方で耳の感度が異なるのは当たり前といえます。
しかし、演奏を決定付ける要因は耳の感度や器用な指の動きではないです。すばらしい音色のバイオリンを手にすると、その甘美な音色を出そうという点に注意がいくために、本来の音楽に注意がいかなくなる凡庸な演奏になることがあります。大人から始めた人は、逆に細かい音の違いやテクニックよりも音楽そのものに注意を向けることができるので、これはむしろ長所です。
ところが残念なことに、音楽へ注意を向けることをしようとせず、甘美な音色を追ったり、左手の指を速く動かすことばかりに注意を向けていることが多いようです。こういう土俵で勝負してかなうわけはありません。
たとえば、三重音を同時に弾くことを一生懸命練習するのではなく、むしろそれを二重音や分散和音にしてもいいから、音楽そのものに注意して練習する方がずっと上手になると思います。難しい曲の練習も大事ですが、たとえばモーツァルトのホ短調ソナタを真剣に練習することも忘れてはいけないです。
(とか言っておきながら、パガニーニを練習している馬鹿者ですが)
がんばろう、アマチュア諸君!
しかし、演奏を決定付ける要因は耳の感度や器用な指の動きではないです。すばらしい音色のバイオリンを手にすると、その甘美な音色を出そうという点に注意がいくために、本来の音楽に注意がいかなくなる凡庸な演奏になることがあります。大人から始めた人は、逆に細かい音の違いやテクニックよりも音楽そのものに注意を向けることができるので、これはむしろ長所です。
ところが残念なことに、音楽へ注意を向けることをしようとせず、甘美な音色を追ったり、左手の指を速く動かすことばかりに注意を向けていることが多いようです。こういう土俵で勝負してかなうわけはありません。
たとえば、三重音を同時に弾くことを一生懸命練習するのではなく、むしろそれを二重音や分散和音にしてもいいから、音楽そのものに注意して練習する方がずっと上手になると思います。難しい曲の練習も大事ですが、たとえばモーツァルトのホ短調ソナタを真剣に練習することも忘れてはいけないです。
(とか言っておきながら、パガニーニを練習している馬鹿者ですが)
がんばろう、アマチュア諸君!
[25914]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月24日 06:35
投稿者:pochi(ID:EHMASYE)
浪曲に限らず、「一声二節三啖呵」なので、音が悪かったり、音程が悪かったり、フレーズが無かったりしたら、指回りが良くても、然程良く聞こえないのが、音楽でしょう。
メロディーをメロディーっぽく弾くのは、音楽経験の成せる技で、日本国内の音楽と西洋伝統音楽はチョット違います。楽曲分析では解決できない、伝統の様式みたいなものが有る様にも思いますから、ドビュッシー風のパンソリであろうと、良いのかもしれません。
前振りは此れ位にして、
皆さんが録音で聴いているヴァイオリンの音には、煙が掛っていて、本来のヴァイオリンの音とは違います。真似をすると、モヤモヤの演奏になります。皆さんがホールで聴くのと、演奏している者が自分の音を聴くのは、全く違います。余程厳しく弾かないと、ホールでは、観客を惹き付ける事は出来ません。その様な音は、大人の耳には厳し過ぎるが、子供から練習している人は、その様な音に馴れて、その様な弾き方をして、左耳が悪くなっている可能性も否定出来ません。左に顔を寝かせて弾く人の中には、左耳に綿を詰めて練習をする人が居ます。(私が知って居るのはソ連の連中です)
ホールで弾いた時、甘美な音を出す練習をしているかどうかは、ホールの反射音を聴いて判断するのです。その為の基礎が、耳の高域感度が異常に良い幼少時代のギコギコ弾きに、神髄があるのでは無いかと疑っているのです。此れが出来る人は、アマチュアでは非常に珍しく、ましてや、大人から始めた人で、お目に掛かった事は有りません。その様な音を出す事が出来る人が、耳が良いとも限らないと思います。従って、[25906]
[25908]
は、的外れです。
取り敢ず、どれだけ駒寄りで速い弓速で弾くのかを追求するのが、ヴァイオリン奏法の基本でしょう。その上に艶を掛けるのですが、チョット難しいのです。
メロディーをメロディーっぽく弾くのは、音楽経験の成せる技で、日本国内の音楽と西洋伝統音楽はチョット違います。楽曲分析では解決できない、伝統の様式みたいなものが有る様にも思いますから、ドビュッシー風のパンソリであろうと、良いのかもしれません。
前振りは此れ位にして、
皆さんが録音で聴いているヴァイオリンの音には、煙が掛っていて、本来のヴァイオリンの音とは違います。真似をすると、モヤモヤの演奏になります。皆さんがホールで聴くのと、演奏している者が自分の音を聴くのは、全く違います。余程厳しく弾かないと、ホールでは、観客を惹き付ける事は出来ません。その様な音は、大人の耳には厳し過ぎるが、子供から練習している人は、その様な音に馴れて、その様な弾き方をして、左耳が悪くなっている可能性も否定出来ません。左に顔を寝かせて弾く人の中には、左耳に綿を詰めて練習をする人が居ます。(私が知って居るのはソ連の連中です)
ホールで弾いた時、甘美な音を出す練習をしているかどうかは、ホールの反射音を聴いて判断するのです。その為の基礎が、耳の高域感度が異常に良い幼少時代のギコギコ弾きに、神髄があるのでは無いかと疑っているのです。此れが出来る人は、アマチュアでは非常に珍しく、ましてや、大人から始めた人で、お目に掛かった事は有りません。その様な音を出す事が出来る人が、耳が良いとも限らないと思います。従って、[25906]
[25906]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月23日 19:46
投稿者:ぽん(ID:MFCABCc)
「大人から始めた人は、既に高域感度が鈍磨した耳で優しい音を無意識に追求するので、甘美な音は出せないのではないかと疑って居ります。」
だとすると、聴衆のほとんどは「既に高域感度が鈍磨した耳」の持ち主ですよね? では聴衆にはその「甘美な音」の真髄を聞くことはできない、ということでしょうか。だとしたら、そんな高域感度を後生大事に持っていて意味はあるのでしょうか。
だとすると、聴衆のほとんどは「既に高域感度が鈍磨した耳」の持ち主ですよね? では聴衆にはその「甘美な音」の真髄を聞くことはできない、ということでしょうか。だとしたら、そんな高域感度を後生大事に持っていて意味はあるのでしょうか。
[25908]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月23日 20:42
投稿者:かな(ID:IhV5lnk)
>では聴衆にはその「甘美な音」の真髄を聞くことはできない、ということでしょうか。だとしたら、そんな高域感度を後生大事に持っていて意味はあるのでしょうか。
傍から聴いているよりも演奏しているほうが自分の音の良し悪しを判断するのが難しいという点が問題です。遅く始めた人のほうがその傾向が顕著のようです。単純に演奏を聴いて「素敵ねぇ~」って思うよりも演奏するほうがもっとシビアな耳で自分の音色や音楽を分析把握しなければいけないのですから、ただの聴衆よりもずっといい耳をしていなければいけないのは当然でしょう。
傍から聴いているよりも演奏しているほうが自分の音の良し悪しを判断するのが難しいという点が問題です。遅く始めた人のほうがその傾向が顕著のようです。単純に演奏を聴いて「素敵ねぇ~」って思うよりも演奏するほうがもっとシビアな耳で自分の音色や音楽を分析把握しなければいけないのですから、ただの聴衆よりもずっといい耳をしていなければいけないのは当然でしょう。
取り敢ず、どれだけ駒寄りで速い弓速で弾くのかを追求するのが、ヴァイオリン奏法の基本でしょう。その上に艶を掛けるのですが、チョット難しいのです。
[25925]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月24日 19:55
投稿者:TORU(ID:IlIJFHE)
大人から始めると絶対にできないこと
分数楽器を弾く
サイズアップを体験する
1/4から1/2に持ち替えたときの
驚きと喜びは忘れられません。
この体験大切なのでは
と最近思います。
分数楽器を弾く
サイズアップを体験する
1/4から1/2に持ち替えたときの
驚きと喜びは忘れられません。
この体験大切なのでは
と最近思います。
[25926]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月24日 23:19
投稿者:ama(ID:QkZHlgQ)
さあ面白くなってきましたよ、24才のアーリ-と40才のレイトの勝負。
経験は20年と互角ながら、かたや幼少期体験により楽器を身体の一部として自在に操る術を修得し、あとは芸術性の追求にかける24才。かたやアーリ-ヘのコンプレックスを抱えながらも、物事の判る心と身体でで20年間積み上げてきた自信が強みの40才。
淘汰され生き残ってきたということでは互角。ただ現年令の違いから、まだプロへの夢を捨てきれず、若干悲愴感を漂わせているアーリ-に対し、プロへの夢など最初から無いかとっくに捨て去り、バイオリン人生を楽しむ術を知っているレイトは一見余裕あり(負け惜しみ?)。
あーもしかすると、遅蒔きながら12才から始め現在32才、プロへの最後の望みに賭けているが最もアーリ-への嫉妬に燃えている自称コウモリ君が登場するかも。
経験は20年と互角ながら、かたや幼少期体験により楽器を身体の一部として自在に操る術を修得し、あとは芸術性の追求にかける24才。かたやアーリ-ヘのコンプレックスを抱えながらも、物事の判る心と身体でで20年間積み上げてきた自信が強みの40才。
淘汰され生き残ってきたということでは互角。ただ現年令の違いから、まだプロへの夢を捨てきれず、若干悲愴感を漂わせているアーリ-に対し、プロへの夢など最初から無いかとっくに捨て去り、バイオリン人生を楽しむ術を知っているレイトは一見余裕あり(負け惜しみ?)。
あーもしかすると、遅蒔きながら12才から始め現在32才、プロへの最後の望みに賭けているが最もアーリ-への嫉妬に燃えている自称コウモリ君が登場するかも。
[25928]
Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月25日 01:39
投稿者:kokukirin(ID:lEYDWRA)
amaさん、金魚鉢の金魚を感心して見るよりも、同じアホなら踊った方が面白いですよ。
pochiさんのおっしゃるように音楽の早期教育が演奏者に耳の差異をもたらすのはその通りだと思います。小さい頃から舞台にのっている某青年などは期待されているように将来は楽しみだということになるでしょう。しかし、そうすると、乾燥した空気の中で石造りの高い天井で練習している西洋の音楽家とせいぜい鉄筋コンクリートの低い天井で湿った空気の中で練習している日本人演奏家とでは、越えられない絶対的な差があるということになります。さらに、耳というのは母国語により大きな影響を受けます。するとやはり、フランス語を識別できない日本人にはフランス音楽の精妙な色合いを聞き取り、表現することなど夢のまた夢、ということになるのではないでしょうか。
以前にも書きましたが、プロは音楽にうるさい聴衆のために音楽を考えるべきではなく、一般の聴衆をターゲットにする方が、はるかにすばらしい演奏家になると思います。なぜなら、一般論として、玄人好みの微妙な差に価値を置くと、そういう点ばかり注意するために、本来の森を見失ってしまう場合が多いからです。
で、スレ題に戻って。
大切なのは、甘美な音色ではないです。なぜなら、死ぬくらい甘美な音色も初めから最後まで聞かされると途中から甘美には聞こえなくなるのです。人間の聴覚の特性です。同一の刺激には反応しなくなるのです。とすると、pochiさんのおっしゃる意味は同じ甘美でもバニラか、メープルシロップか、栗か(好きなもので強引に登場)、というように微妙な差が分かるという点が重要だ、ということも含んでいると思います。つまり、音色の絶対的な性格も重要だが演奏には音色の変化の方がより価値を持つということになります。だから、音色の表現の幅があれば、普通に聞いたらそれほど甘美でもない音色も、音楽の流れの中では甘美に聞こえるのです。
早期音楽教育を受けていない普通の耳というのは、欠点ですが長所でもあります。ホールの響きを考慮に入れて微妙な音を作ることができなくても、普通の人が分かる範囲で音色の変化をつけるようにすれば、音色の変化の幅の広い演奏になると思います。もしかするとプロより変化の幅は大きくなったりして。(冗談ですよ。)
pochiさんのおっしゃるように音楽の早期教育が演奏者に耳の差異をもたらすのはその通りだと思います。小さい頃から舞台にのっている某青年などは期待されているように将来は楽しみだということになるでしょう。しかし、そうすると、乾燥した空気の中で石造りの高い天井で練習している西洋の音楽家とせいぜい鉄筋コンクリートの低い天井で湿った空気の中で練習している日本人演奏家とでは、越えられない絶対的な差があるということになります。さらに、耳というのは母国語により大きな影響を受けます。するとやはり、フランス語を識別できない日本人にはフランス音楽の精妙な色合いを聞き取り、表現することなど夢のまた夢、ということになるのではないでしょうか。
以前にも書きましたが、プロは音楽にうるさい聴衆のために音楽を考えるべきではなく、一般の聴衆をターゲットにする方が、はるかにすばらしい演奏家になると思います。なぜなら、一般論として、玄人好みの微妙な差に価値を置くと、そういう点ばかり注意するために、本来の森を見失ってしまう場合が多いからです。
で、スレ題に戻って。
大切なのは、甘美な音色ではないです。なぜなら、死ぬくらい甘美な音色も初めから最後まで聞かされると途中から甘美には聞こえなくなるのです。人間の聴覚の特性です。同一の刺激には反応しなくなるのです。とすると、pochiさんのおっしゃる意味は同じ甘美でもバニラか、メープルシロップか、栗か(好きなもので強引に登場)、というように微妙な差が分かるという点が重要だ、ということも含んでいると思います。つまり、音色の絶対的な性格も重要だが演奏には音色の変化の方がより価値を持つということになります。だから、音色の表現の幅があれば、普通に聞いたらそれほど甘美でもない音色も、音楽の流れの中では甘美に聞こえるのです。
早期音楽教育を受けていない普通の耳というのは、欠点ですが長所でもあります。ホールの響きを考慮に入れて微妙な音を作ることができなくても、普通の人が分かる範囲で音色の変化をつけるようにすれば、音色の変化の幅の広い演奏になると思います。もしかするとプロより変化の幅は大きくなったりして。(冗談ですよ。)
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Re: 大人から始めた人の演奏の特徴
投稿日時:2006年02月25日 04:25
投稿者:pochi(ID:EHMASYE)
この掲示板の賢明なる読者諸姉諸兄なら、「四畳半ふすまの下張り」と「黒猫」を比定した議論は御存じだと思います。ブルックナーの交響曲を演奏して、雰囲気を出せるホールを、日本国内に存じ上げません。
甘美な音は、ヴァイオリン演奏に於けるエッセンスであって、全てでない事は、自明でしょう。
甘美な音は、ヴァイオリン演奏に於けるエッセンスであって、全てでない事は、自明でしょう。
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