[8285]
ワーグナーはお好き?
投稿日時:2003年12月27日 12:19
投稿者:toru(ID:OEmQWII)
年の瀬、気になる発言を蒸し返させて下さい。
>[7021]
「ナチが利用したにもかかわらずワグナーは偉大だ」でなく
「偉大すぎるワグナーをナチが利用しなかったらむしろそのほうが異常」
今更政治と芸術についてここで論じようとは思いませんが
少なくとも、ワーグナーの音楽とナチの登場は同根と私には思える。
祝祭的であれば良いのではなく、どんな祝祭を求めるかです。
サティーの音楽に乗って独裁者が現れる場面なんて想像できませんよね。
pochi氏のいろいろな切り口による発題はこの数ヶ月おもしろかった。
現代日本の音楽趣味(文化?)について、私なりに考える種をばらまいて下さった。お礼申し上げます。
>[7021]
[7021]
芸能という言葉の両義性
投稿日時:2003年11月20日 22:43
投稿者:Geiger1951(ID:UBdABxA)
世阿弥の「芸能」と英語のエンターテインメントは全くことなるでしょう。
モームスはエンタメです。
「かやうの能のあじわひは、末の世に知る人あるまじ」という世阿弥の「芸能」は呪術の世界です。
これから私がいう「芸能」とは世阿弥の呪術性、人麻呂の原始生命的性格を帯びた古代的芸能に連なる話とお考え下さい:
toruさんのおっしゃるとおり、
>音楽は祝祭を起源とし、祝祭と共にあった。
>近代西洋音楽の歴史は、
>…中略…
>祝祭性を失うプロセスを歩んで来た。
>>>Geiger1951先生の方がお詳しいと思います。
まぁ先生と呼ばるる程の馬鹿は無しというくらいなんですが。
ニーベルングの指輪が人麻呂と同様の芸能である、とする私の言い分は難癖でなく誉め言葉です。ワーグナーはギリシャ悲劇を真似て「音楽・詩歌・装置・建築」などを総合した祭典としての「楽劇=ミュージックドラマ」を最初から意図して作り出した大天才であったのです。
+++++
バイロイト祝祭劇場という名称はダテじゃない。
事実「バイロイトに詣でる」といいます。
ワグナーに「改宗する」といいます。
カルト的要素がバイロイト周辺には漂った。
その中には楽長ヴォルフを名乗るヒトラーと、その信奉者ワグナー家(嫁・息子・孫・娘婿)がいた。
大勢の人間の深層心理に恐るべき働きかけが出来る魔力をワグナーだけが発揮した。ナチがフルに利用できたのも当然です。
「ナチが利用したにもかかわらずワグナーは偉大だ」でなく
「偉大すぎるワグナーをナチが利用しなかったらむしろそのほうが異常」
と思います。
++++
人は祭典を好みます。なにか非日常的なものに与かる、ということはカタルシスをもたらすことを知っているからです。
疲れた勤め人の娯楽に過ぎないCD鑑賞より、生のコンサートが勝るのは、その中にひとつの場の共有という祝祭の要素が存在するからです。
さらに日本全国「蓼科音楽祭」「木曽福島音楽祭」「別府アルゲリッチ音楽祭」etc.etc.と乱立するのは、如何にそのような場を現代日本の人々があこがれ求めているかの証拠ではないか、と愚考仕ります。
モームスはエンタメです。
「かやうの能のあじわひは、末の世に知る人あるまじ」という世阿弥の「芸能」は呪術の世界です。
これから私がいう「芸能」とは世阿弥の呪術性、人麻呂の原始生命的性格を帯びた古代的芸能に連なる話とお考え下さい:
toruさんのおっしゃるとおり、
>音楽は祝祭を起源とし、祝祭と共にあった。
>近代西洋音楽の歴史は、
>…中略…
>祝祭性を失うプロセスを歩んで来た。
>>>Geiger1951先生の方がお詳しいと思います。
まぁ先生と呼ばるる程の馬鹿は無しというくらいなんですが。
ニーベルングの指輪が人麻呂と同様の芸能である、とする私の言い分は難癖でなく誉め言葉です。ワーグナーはギリシャ悲劇を真似て「音楽・詩歌・装置・建築」などを総合した祭典としての「楽劇=ミュージックドラマ」を最初から意図して作り出した大天才であったのです。
+++++
バイロイト祝祭劇場という名称はダテじゃない。
事実「バイロイトに詣でる」といいます。
ワグナーに「改宗する」といいます。
カルト的要素がバイロイト周辺には漂った。
その中には楽長ヴォルフを名乗るヒトラーと、その信奉者ワグナー家(嫁・息子・孫・娘婿)がいた。
大勢の人間の深層心理に恐るべき働きかけが出来る魔力をワグナーだけが発揮した。ナチがフルに利用できたのも当然です。
「ナチが利用したにもかかわらずワグナーは偉大だ」でなく
「偉大すぎるワグナーをナチが利用しなかったらむしろそのほうが異常」
と思います。
++++
人は祭典を好みます。なにか非日常的なものに与かる、ということはカタルシスをもたらすことを知っているからです。
疲れた勤め人の娯楽に過ぎないCD鑑賞より、生のコンサートが勝るのは、その中にひとつの場の共有という祝祭の要素が存在するからです。
さらに日本全国「蓼科音楽祭」「木曽福島音楽祭」「別府アルゲリッチ音楽祭」etc.etc.と乱立するのは、如何にそのような場を現代日本の人々があこがれ求めているかの証拠ではないか、と愚考仕ります。
「偉大すぎるワグナーをナチが利用しなかったらむしろそのほうが異常」
今更政治と芸術についてここで論じようとは思いませんが
少なくとも、ワーグナーの音楽とナチの登場は同根と私には思える。
祝祭的であれば良いのではなく、どんな祝祭を求めるかです。
サティーの音楽に乗って独裁者が現れる場面なんて想像できませんよね。
pochi氏のいろいろな切り口による発題はこの数ヶ月おもしろかった。
現代日本の音楽趣味(文化?)について、私なりに考える種をばらまいて下さった。お礼申し上げます。
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【ご参考】
[8349]
やっぱり今でも・・・
投稿日時:2003年12月28日 23:43
投稿者:蛙(ID:GYNQBEI)
Geigerさん、どうもです。 あの先生がお元気だと聞いて嬉しいです。
どうでもいい事書いてる自分が馬鹿みたいなんですが、アノ先生、僕が授業受けてた当時、毎回スーツ(三つ揃い)着てくるんで有名だったんです。しかも、なんかテカっとした生地の、ストライプが入ってるようなやつで、まるで地方出の代議士のような・・・ 東川先生も石田先生も武田先生も、そりゃ皆さんちゃんとした格好で授業にいらしてたんだけど(女性の多い音大でしたからね)、”あの”先生のファッション・センスは強烈だったなぁ。
今でも、あの路線で頑張っていらっしゃるのかなぁ。 ぼく的には、ぜひともアノ路線で、現在も今後もしっかりと極めて行って頂きたい(何を?)と願ってます。お目に掛かる事がおありでしたら、どうぞ宜しくお伝え下さい。
+++++
遠山さん、吉田さんの評論内容はともかく、ぼくは彼らの格調高い文章がけっこう好きだったりします。沢山読んでるわけじゃないんですが。 Geigerさんのお書きになる文章にも、彼らの路線とよく似た味わいがある様に思ってますよ。(笑)
どうでもいい事書いてる自分が馬鹿みたいなんですが、アノ先生、僕が授業受けてた当時、毎回スーツ(三つ揃い)着てくるんで有名だったんです。しかも、なんかテカっとした生地の、ストライプが入ってるようなやつで、まるで地方出の代議士のような・・・ 東川先生も石田先生も武田先生も、そりゃ皆さんちゃんとした格好で授業にいらしてたんだけど(女性の多い音大でしたからね)、”あの”先生のファッション・センスは強烈だったなぁ。
今でも、あの路線で頑張っていらっしゃるのかなぁ。 ぼく的には、ぜひともアノ路線で、現在も今後もしっかりと極めて行って頂きたい(何を?)と願ってます。お目に掛かる事がおありでしたら、どうぞ宜しくお伝え下さい。
+++++
遠山さん、吉田さんの評論内容はともかく、ぼくは彼らの格調高い文章がけっこう好きだったりします。沢山読んでるわけじゃないんですが。 Geigerさんのお書きになる文章にも、彼らの路線とよく似た味わいがある様に思ってますよ。(笑)
[8350]
権力構造なんでしょうね
投稿日時:2003年12月28日 23:47
投稿者:Geiger1951(ID:Fxk4BJE)
一字違い先生についてこれ以上書くと私は立ち入り禁止ですが、
まぁ、彼氏はコンクールに活路を、って路線でしょう。
筆禍事件でも雑誌から干されないあたりは……
まぁ、彼氏はコンクールに活路を、って路線でしょう。
筆禍事件でも雑誌から干されないあたりは……
[8352]
才能/魅力はよく理解できなかったですが・・・
投稿日時:2003年12月28日 23:54
投稿者:蛙(ID:GYNQBEI)
pochiさん、アノ先生の名誉の為に・・・というかなんというか、付け加えますと、あの先生が怒鳴るのを聞いたのは、ぼくは、後にも先にも、あの時だけですから。 きっと学生連中らが、かなり五月蝿かったりとか、そういう事があったんだろうと思います。
普段のあの先生は、かなり神経質っぽかったけれど、大声上げるようなタイプではなかったと記憶してます。
普段のあの先生は、かなり神経質っぽかったけれど、大声上げるようなタイプではなかったと記憶してます。
[8366]
Re: ワーグナーはお好き?
投稿日時:2003年12月29日 10:01
投稿者:Geiger1951(ID:Fxk4BJE)
このスレ、もともと何だっけ?
スイマセン脱線しっぱなし。コホン。
やや気取って
=======
明治以来独逸文化を尊重し受け入れてきた日本ですが、ワグナーに関しては流石に「賛否両論」だと承知しています。
toru さんの問題提起はもっともだと承知しています。
他の作曲家にはこれはたぶん見られません。
英語にも、ワグネリアン "Wagnerian" という言葉があると同時に、
アンチ-ワグネリアン "Anti-Wagnerian"
(仏蘭西語では "Wagnerophobe" らしい)もある。
このキーワードでWeb検索すると必ず引っかかるので試してください。
+++++
独逸人は言うまでも無く飛びぬけて優秀な民族ですよ。
強固な地方分権と発達した流通に支えられた堅実な工業力。
個人の絶対的な自立(自律)と厳密な遵法精神。
誇り高き職人魂と高度な技術力。
バッハやベートーヴェンやシューマンやブラームスはこうした優れた独逸的性格の象徴でしょうね。
教育システムの合理性も、特に音楽教育では日本とまだまだ大差があるようです。
+++++
しかし、ダッハウやアウシュビッツに見られる高度に能率化された
「人間処理システム」
も、やはり独逸人でなければ出来ない。
無論心ある独逸人はその罪を取り返しえないものとして日夜悔いているようです。
「神よ、信仰なき我を助け給え」
"Rette mich ,der ich ohne Glauben bin"
(小塩節著:「ドイツ語とドイツ精神」よりのパクり)
++++
ワグナーは独逸民族の総合芸術を作ろうとしたが、結局19世紀ヨーロッパを代表する芸術家になってしまった。
仏蘭西の象徴派の文学者達はどんなに悔しかろうともワグナー信奉者であることを隠せなかった。多くのエリートたちはバイロイト参詣の旅に赴いた。
仏蘭西の作曲家だって、ダンディ、ショーソン、デュパルク、ラロ。
みなワグネリアンでしょう。
フォーレのような抜群の天才だけがその影響から最終的には脱し得た。
(ヤロチニスキ著:「ドビュッシー」音楽之友社P123以下のパクり)
++++
今朝のBS放送で、ドイツの
「再生可能エネルギー法」についての特集番組を流していました。
ソーラー電池を一般家庭に普及させる周到な取り組みには脱帽です。
初期コストが掛っても必ず社会的資本の蓄積になる、という気の長い計画は凄いです。
隣国のフランスは原発依存から脱しない。
ドイツは原発廃止⇒自然エネルギー普及にひた走っている。
その優れたドイツが、ワイマール共和国時代あれだけ活躍した、優れたドイツ在住ユダヤ系市民を、自ら泯す致命的な愚行を犯してしまった。
ドイツに優れた学術・技術・芸術的貢献を数限りなくしてくれた彼らを放逐し虐殺してしまったのですから。
N響指揮者ローゼンストックさんの回顧録を読むとドイツ在住ユダヤ市民がドイツ文化に限りない愛着を持っていたことがよく解ります。
ローゼンストックさんはワグナーを独逸人同様愛しているでしょう。
正しくその音楽が反ユダヤ狂信者ヒトラーの宣伝に駆使された。
リエンチ序曲は党大会のテーマでした。
マイスタージンガーの舞台にはハーケンクロイツが林立しました。
音楽が政治・軍事と結びついている、などと簡単に済ませ得る問題ではないですよね。
人類は歴史から学ぶしかない存在だと思います。
スイマセン脱線しっぱなし。コホン。
やや気取って
=======
明治以来独逸文化を尊重し受け入れてきた日本ですが、ワグナーに関しては流石に「賛否両論」だと承知しています。
toru さんの問題提起はもっともだと承知しています。
他の作曲家にはこれはたぶん見られません。
英語にも、ワグネリアン "Wagnerian" という言葉があると同時に、
アンチ-ワグネリアン "Anti-Wagnerian"
(仏蘭西語では "Wagnerophobe" らしい)もある。
このキーワードでWeb検索すると必ず引っかかるので試してください。
+++++
独逸人は言うまでも無く飛びぬけて優秀な民族ですよ。
強固な地方分権と発達した流通に支えられた堅実な工業力。
個人の絶対的な自立(自律)と厳密な遵法精神。
誇り高き職人魂と高度な技術力。
バッハやベートーヴェンやシューマンやブラームスはこうした優れた独逸的性格の象徴でしょうね。
教育システムの合理性も、特に音楽教育では日本とまだまだ大差があるようです。
+++++
しかし、ダッハウやアウシュビッツに見られる高度に能率化された
「人間処理システム」
も、やはり独逸人でなければ出来ない。
無論心ある独逸人はその罪を取り返しえないものとして日夜悔いているようです。
「神よ、信仰なき我を助け給え」
"Rette mich ,der ich ohne Glauben bin"
(小塩節著:「ドイツ語とドイツ精神」よりのパクり)
++++
ワグナーは独逸民族の総合芸術を作ろうとしたが、結局19世紀ヨーロッパを代表する芸術家になってしまった。
仏蘭西の象徴派の文学者達はどんなに悔しかろうともワグナー信奉者であることを隠せなかった。多くのエリートたちはバイロイト参詣の旅に赴いた。
仏蘭西の作曲家だって、ダンディ、ショーソン、デュパルク、ラロ。
みなワグネリアンでしょう。
フォーレのような抜群の天才だけがその影響から最終的には脱し得た。
(ヤロチニスキ著:「ドビュッシー」音楽之友社P123以下のパクり)
++++
今朝のBS放送で、ドイツの
「再生可能エネルギー法」についての特集番組を流していました。
ソーラー電池を一般家庭に普及させる周到な取り組みには脱帽です。
初期コストが掛っても必ず社会的資本の蓄積になる、という気の長い計画は凄いです。
隣国のフランスは原発依存から脱しない。
ドイツは原発廃止⇒自然エネルギー普及にひた走っている。
その優れたドイツが、ワイマール共和国時代あれだけ活躍した、優れたドイツ在住ユダヤ系市民を、自ら泯す致命的な愚行を犯してしまった。
ドイツに優れた学術・技術・芸術的貢献を数限りなくしてくれた彼らを放逐し虐殺してしまったのですから。
N響指揮者ローゼンストックさんの回顧録を読むとドイツ在住ユダヤ市民がドイツ文化に限りない愛着を持っていたことがよく解ります。
ローゼンストックさんはワグナーを独逸人同様愛しているでしょう。
正しくその音楽が反ユダヤ狂信者ヒトラーの宣伝に駆使された。
リエンチ序曲は党大会のテーマでした。
マイスタージンガーの舞台にはハーケンクロイツが林立しました。
音楽が政治・軍事と結びついている、などと簡単に済ませ得る問題ではないですよね。
人類は歴史から学ぶしかない存在だと思います。
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